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Satoyama, Plants & Nature

春から初夏のハナヤスリ類 -ヒロハハナヤスリと雑種をめぐって- 

2014年、阪神地域での春の棚田の植物の観察会の折、立ち寄った棚田でヒロハハナヤスリではないかと思われるものを見つけましたが、栄養葉は大きいもののコハナヤスリともとれるような形でした。さらに同じ棚田の畦畔ではより小型のコヒロハハナヤスリらしきものも見られ、これらの集団の間に形態的な明確な線引きができるかどうか疑問に思われました。
同じ時期、丹波地方の雑木林の林床で明らかにヒロハハナヤスリと思われる集団を発見し、棚田のヒロハハナヤスリらしき集団とは生育環境と草体の様子がかなり異なっていました。その後、阪神地域において以前と同様な立地条件の棚田で水辺ネットの鈴木氏によりヒロハハナヤスリではないかと思われる栄養葉の大きな集団が近隣地域で発見されました。ここの集団は栄養葉の基部が胞子葉の柄を抱いておらず、栄養葉に明瞭な葉柄が認められるもので、トネハナヤスリや大型のコヒロハハナヤスリを思わせるものでした。また、この棚田では栄養葉が小さなものや、栄養葉の葉柄のないものなどが見られ、あきらかに複数種が混生しているように思われました。
これらの諸集団は発見した時点ではまだ胞子嚢穂は成熟しておらず、成熟を待って胞子を調べてみることにしました。また、これとは別に母種がハマハナヤスリである雑種が生育している場所が知られており、新たに発見したハマハナヤスリを母種とする雑種集団との比較も行い、春~初夏の調査・観察結果を暫定的にまとめてみました。
以下、文章は「です・ます調」から「である調」の簡潔文となりますがご了承のほど。

以下は関西で春から初夏にかけて見られるハナヤスリ類の主要5種と、主な特徴。
*画像クリックで、別ウィンドで画像が表示されますが、最近FC2ブログの仕様が変わったのか、リンク先で大きな画像が表示されなくなってしまいました。
大きな画像(1024×768)を見る時は、リンク先の画像を別のウインドかタブで表示してください。


ハマハナヤスリ
Fig.1 ハマハナヤスリ(Ophioglossum thermale (兵庫県播磨地方 2014.6/20)
4~11月に見られる。栄養葉は小さく、長さ0.7~5cm、幅0.3~2cm、線形~狭倒卵形、最も幅の広い場所は中央よりも上にあり、無柄または短柄がある。葉脈は2次脈が発達しない。
胞子表面は見かけ上ほとんど平滑。染色体数はn=240,480で4倍体、8倍体。
関連ページ 湿生植物・ハマハナヤスリ

コハナヤスリ
Fig.2 コハナヤスリ(O. thermale var. nipponicum (兵庫県阪神地方 2014.5/22)
4~11月に見られる。栄養葉は長さ2.5~5cm、幅0.8~2cm、長卵形~卵形3角形、最も幅の広い場所は中央よりも下にあり、無柄。葉脈は2次脈が発達しない。
胞子表面は見かけ上ほとんど平滑。染色体数はハマハナヤスリに準ずる(?)。
関連ページ 湿生植物・コハナヤスリ

ヒロハハナヤスリ
Fig.3 ヒロハハナヤスリ(O. vulgatum (兵庫県丹波地方 2014.5/7)
4~7月に見られる。栄養葉は大きく、長さ4~12cm、幅2.5~7cm、広披針形~広卵形、基部は切形~心形で胞子葉の柄を包む。葉脈は細かい網目をつくり、2次脈も発達する。
胞子表面にはあらい網目模様があり、こぶ状の突起があるように見える。染色体数はn=240で4倍体。
かつて関東の竹林から報告された種内分類群にナガバノハルハナヤスリ(var. longifolium)があり、栄養葉が長いものをいうが、現在では顧みられていない。
関連ページ 関西の花/シダ・ヒロハハナヤスリ

コヒロハハナヤスリ
Fig.4 コヒロハハナヤスリ(O. petiolatum (兵庫県丹波地方 2014.5/27)
4~11月に見られる。栄養葉は環境により変異が多く、長さ1~6cm、幅1~3cm、長楕円形~広卵形、基部は急に狭くなって短い柄がある。葉脈はあらい網目状で、2次脈は発達しない。
胞子表面には細かい網目模様があるが、見かけ上ほとんど平滑に見える。染色体数はn=480,ca.510,2n=ca.960,ca.1100と変異が多い。
かつて報告された種内分類群(?)にシモフサハナヤスリがあり、葉脈が発達し網目が細かいとされるが、詳細は不明。
関連ページ 湿生植物・コヒロハハナヤスリ

トネハナヤスリ
Fig.5 トネハナヤスリ(O. namegatae (大阪府淀川水系 2013.4/16)
4~6月に見られる。栄養葉は長さ2.5~11cm、幅1~4cm、広披針形~卵状3角形、基部はくさび形で長さ1~2.8cmの葉柄に流れる。葉脈は細かい網目をつくり、2次脈も発達する。
胞子表面には細かい網目模様があるが、見かけ上ほとんど平滑に見え、コヒロハハナヤスリよりも小さい。染色体数はn=240で4倍体。関西では淀川水系のアシ原にのみ生育する。
関連ページ 湿生植物・トネハナヤスリ

ヒロハハナヤスリの栄養葉の変異
兵庫県内では落葉広葉樹林内に生育するものは図鑑の記述に見られるような典型的なものが見られるが、草刈りや野焼きなどの人為的な影響を受ける棚田の土手に生育するものは変異が多い。

棚田のヒロハハナヤスリ 1
Fig.6 阪神地方A地区の棚田最上部の農道脇に生育するもの (兵庫県阪神地方 2014.4/26)
午前中は日当たりがあるような狭いシバ地に生育しており、栄養葉は平開せずに斜開し、葉面にシワが多く、一見するとコハナヤスリのように見える。多少は踏みつけに遭うと思われる場所で、すぐ近くの棚田の畦にはコヒロハハナヤスリも生育している。

ヒロハハナヤスリの胞子
Fig.7 Fig.6の胞子 (兵庫県阪神地方 2014.5/13)
胞子の形状は一定しており、表面にはこぶ状の突起が見られるためヒロハハナヤスリと同定できる。

棚田のヒロハハナヤスリ 2
Fig.8 阪神地方A地区の棚田の土手に生育するもの (兵庫県阪神地方 2014.5/13)
急斜面の土手にワラビやイタドリ、ミヤマナルコユリの下に隠れるように生育する集団で、高密度に生育している。
この集団では栄養葉基部と胞子葉の柄が完全に合着しているものが多く見られた。

棚田のヒロハハナヤスリ 3
Fig.9 阪神地方B地区の棚田の土手に生育するもの (兵庫県阪神地方 2014.5/11)
この場所の集団は葉は大きいが、次に示すように明瞭な葉柄が見られた。
しかし、胞子表面にはこぶ状突起が見られ、大きさも一定しているため、ヒロハハナヤスリと考えられる。

阪神Bのヒロハハナヤスリと胞子
Fig.10 阪神地方B地区集団に見られる葉柄と胞子 (兵庫県阪神地方 2014.5/28)
一見すると生育状態の良いコヒロハハナヤスリに見える。
ここでは一段上の棚田土手には大型のコハナヤスリが、1段下の溜池土堤にはコヒロハハナヤスリが生育し、非常に紛らわしく、外見で区別するのが難しい。このような場所に生育するものは胞子の形状を必ず確認すべきだろう。

ヒロハハナヤスリとコハナヤスリ葉柄基部の変異
Fig.11 栄養葉基部の変異 (兵庫県阪神地方 2014.5/13)
左は阪神Aのヒロハハナヤスリで、右は阪神Bのコハナヤスリ。
左は葉身基部が心形だが、基部と胞子葉柄が合着している。右は葉身の形状はコハナヤスリだが、葉柄基部は胞子葉柄を抱いている。

各地のハナヤスリ類
Fig.12 県下各地のヒロハハナヤスリと近縁種
スケールの左側はヒロハハナヤスリ、右側はコハナヤスリとコヒロハハナヤスリ。
阪神A,B両地区のものは同じ棚田に生育しているもの。阪神Cのコヒロハハナヤスリは夏以降に地上部が消える暫定コヒロハハナヤスリで検討が必要なものである。

ハナヤスリ類各種の胞子
Fig.13 各地のヒロハハナヤスリと近縁種の胞子比較
全て同一倍率で撮影したもの。
ヒロハハナヤスリは表面のいぼ状突起が顕著で、近縁種4種とは明らかに異なっている。
コハナヤスリ、ハマハナヤスリ、コヒロハハナヤスリ、トネハナヤスリのうちでは、トネハナヤスリが他の種に比べて有意に小さいことが分かる。

以上のように、棚田に生育するヒロハハナヤスリは変異が多く、コハナヤスリやコヒロハハナヤスリなどの近縁種も変異が見られ、胞子の形状を観察しないと正確な同定はほぼ不可能だといえる。
これら棚田に生育するヒロハハナヤスリは、午後からは山の陰になるような場所や林縁部か、生育期後半にはススキ、イタドリ、ワラビなどの高茎草本に隠れてしまうような場所に見られ、終日直射光の当たる場所には見られない。
丹波地方のヒロハハナヤスリ生育環境
Fig.14 丹波地方のヒロハハナヤスリの生育環境 (兵庫県丹波地方 2014.5/7)
木漏れ日が差し込むような落葉広葉樹林の林床に生育しており、同じ林床にはエビネ、ヒトリシズカ、オオマルバコンロンソウ、イチリンソウ、アマナ、ヤマシャクヤクが見られ、古い土壌が残っている場所だと考えられる。

阪神A地区林縁ヒロハハナヤスリ生育環境
Fig.15 農道脇の林縁に生育するヒロハハナヤスリ (兵庫県阪神地方 2014.5/28)
Fig.6の集団の生育状況で、多少踏みつけのある雑木林の林縁の農道脇で、午前中は日当たりよい半日陰地である。
表面は乾いており、シバやノゲヌカスゲ、マスクサなどが生育しているが、ヒロハハナヤスリの根茎は丹波地方の雑木林のものに比べて地下深くにあり、根掘りを使用しても根茎を含めた植物体全体を掘り上げるのは難しい。

阪神A地区棚田土手
Fig.16 棚田土手のヒロハハナヤスリの生育環境 (兵庫県阪神地方 2014.5/28)
Fig.8が生育する箇所の遠景。
かなり急傾斜の土手でイタドリ、ワラビ、ミヤマナルコユリが密生しており、その下草のようにスギナとヒロハハナヤスリが密生している。ここの集団も根茎は地下深くにある。
周辺は阪神地域では稀なオカオグルマやカセンソウが生育し、古い土壌があまり撹乱されずに残っていると考えられる。
この場所では春先に一部で野焼きが行われているようだが、いつどのような規模で行われているのかが来年の課題となる。

ハマハナヤスリを母種とする2集団の雑種
過去、兵庫県下ではハマハナヤスリを一方の母種とする雑種の自生地が知られていたが、溜池畔に生育するハマハナヤスリ群落中に外見上コハナヤスリに見える集団があり、もしかしたら雑種ではないかと考えていた。
今季、既知の雑種集団と雑種と思われる集団の胞子を調べ、比較してみた。
ここでは、それぞれの雑種集団を阪神D地区集団、播磨地方集団とする。

阪神D地区の雑種集団
Fig.17 阪神D地区に見られた雑種集団 (兵庫県阪神地方 2014.6/20)
この場所ではハマハナヤスリよりも雑種のほうが多く生育している。

阪神Dの雑種集団の胞子
Fig.18 阪神D地区の雑種の胞子 (兵庫県阪神地方 2014.6/20)
胞子は変形し大きさも一定せず、不稔である。

阪神Dの雑種とハマハナヤスリ
Fig.19 阪神D地区の雑種とハマハナヤスリ (兵庫県阪神地方 2014.6/20)

阪神D雑種の栄養葉
Fig.20 阪神D地区雑種の栄養葉 (兵庫県阪神地方 2014.6/20)
栄養葉基部には葉柄が見られ、コヒロハハナヤスリの影響を思わせる。

播磨地方の雑種集団
Fig.21 播磨地方に見られた雑種集団 (兵庫県播磨地方 2014.7/3)
溜池畔の湿原にハマハナヤスリの群落が広がり、その一部に雑種集団が混生している。

播磨雑種集団の胞子
Fig.22 播磨地方の雑種集団の胞子 (兵庫県播磨地方 2014.6/20)
Fig.18同様、胞子はほぼ不稔である。

播磨雑種とハマハナヤスリ
Fig.23 播磨地方の雑種とハマハナヤスリ (兵庫県播磨地方 2014.6/20)

播磨雑種の栄養葉
Fig.24 播磨地方雑種の栄養葉 (兵庫県播磨地方 2014.6/20)
栄養葉基部には柄がなく、コナハヤスリの影響を思わせる。
もし、これがコハナヤスリとの雑種だとすると、ハマハナヤスリとコハナヤスリは別種ではないかということになる。


ハナヤスリ類の栄養葉の脈
Fig.25 栄養葉の葉脈比較
ヒロハハナヤスリは他種に比べて全体に脈がよく発達している。
葉はヒロハハナヤスリ、コヒロハハナヤスリ、コハナヤスリ、ハマハナヤスリの順にしだいに厚くなっていく。
葉質の厚いハマハナヤスリは、透過光での葉脈の詳しい観察はしがたい。
2次脈の様子はこれでは判り難いので、同一倍率で拡大したものを次に揚げる。

脈比較 拡大
Fig.26 葉脈の拡大比較
画像スペースの都合からヒロハハナヤスリの画像は阪神A地区のもだけを掲載した。
ヒロハハナヤスリの2次脈の発達は良く、遊離するもののほか、1次脈にまで達するものもある。
コハナヤスリの2次脈は遊離し、あまり発達しない。
コヒロハハナヤスリは微妙だが、コハナヤスリよりわずかに2次脈が発達しているように思われた。
ハマハナヤスリは葉の厚味の影響から、脈自体がかなり不明瞭となる。
2ヶ所の雑種はハマハナヤスリの形質を受けて、葉質が厚く脈が不明瞭となっており、特にコハナヤスリとの雑種と推定されるものは脈がはっきりしない。

暫定的なまとめ
今季のハナヤスリ類調査では以下のようなことが判った。
棚田など人為的な影響を受ける場所ではヒロハハナヤスリの変異幅は広く、栄養葉の形状から他種と区別することは難しく、胞子を確認する必要がある。
ヒロハハナヤスリが出現する棚田では同一の棚田内で複数種のハナヤスリが混生するため特に注意が必要である。他種とは2次脈の発達加減である程度区別する目安がつくが、2次脈の発達するコヒロハハナヤスリも報告されていることから、最終的には胞子の検鏡が必要だろう。
コヒロハハナヤスリ、コハナヤスリとトネハナヤスリには胞子の大きさには有意な差があり、混生地域では同定上の重要なキーとなりうる。
ハマハナヤスリとコハナヤスリの雑種と推定される集団があることから、ハマハナヤスリとコハナヤスリは別種である可能性が考えられるが、浸透交雑によりその境界は明瞭ではないのかもしれない。
以上のような結論が得られたが、夏に消えてしまうコヒロハハナヤスリなど、今後の課題もまだまだ多い。

今回の調査にあたり、トネハナヤスリの胞子葉をお送り頂き、様々な情報とアドバイスを頂いた光田先生と、自生地情報をいただいた兵庫水辺ネットの鈴木氏に謝意を申し上げます。

【参考文献】
岩槻邦男. 1992. ハナヤスリ科ハナヤスリ属. 『日本の野生植物 シダ』 p.62~64. pls.17~18 平凡社
佐々木あや子. 2001. ハナヤスリ科ハナヤスリ属. 神奈川県植物誌調査会(編)『神奈川県植物誌 2001』 22~24. 神奈川県立生命の星・地球博物館
光田重幸. 1986. ハナヤスリ科. 『しだの図鑑』 p.41. pl.39. 保育社
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category: シダ

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