京都府でハタベカンガレイの生育を確認
2013/03/28 Thu. 20:17 [edit]
以前からカンガレイの仲間には興味があり、web上でこの仲間についての情報を収集していたところ、京都の口丹波の植物や自然について紹介しておられるアタさんのブログ『アタの雑記』の「カンガレイ」の画像のものが、小穂が小さく、顕著な水中葉を形成しており、どうも普通のカンガレイではなくてハタベカンガレイではないかという印象を強く持ちました。ブログ管理者のアタさんに自生箇所をお訊ねして現地を調べたところ、やはりハタベカンガレイでした。環境省の2007年の資料によると、原記載に言及のあった集団は「絶滅」となっていますが、別の集団が山間の溜池にひっそりと生き残っていたわけです。結果的に、この溜池で150~200個体程度のハタベカンガレイの生育を確認することができました。
画像:冬期のハタベカンガレイ、半常緑越冬するハタベカンガレイ、水中の沈水形、
芽生したクローン、新茎を生じたハタベカンガレイ、自生地、冬期のカンガレイ、
夏期のハタベカンガレイ、気中形の芽生、夏期のカンガレイ、
カンガレイのクローン芽生など
* 画像は全てクリックすると拡大できます。

Fig.1 冬期の溜池に生育するハタベカンガレイ
カンガレイは冬期には水中や地上の茎(有花茎、桿)は全て枯れてしまい(Fig.11参照)、地中に越冬芽を形成して越冬します。一方、ハタベカンガレイは茎の水上に出ている部分は枯れますが、水中にある部分は枯れずに緑色を保ち、水中葉を持つ沈水形は水中で常緑越冬します。このため、冬期の溜池でハタベカンガレイに出くわすと、一目でそれとわかります。画像からもその様子が判るかと思います。溜池でハタベカンガレイを見つけるには、冬期に集中して探したほうが有利であることが解ります。国内では湧水河川や湿地内の水路などからの記録が多いですが、山間の腐植栄養質~貧栄養な溜池にひっそりと命脈を保っているかもしれません。

Fig.2 半常緑越冬するハタベカンガレイ
岸辺近くに生育している大型の個体ですが、茎の水没部分や倒伏しているものは緑色を保っています。気温が低下して溜池の水面が氷結しても、茎の水没部は枯れてしまうということがありません。溜池に生育するハタベカンガレイは半常緑越冬すると考えられます。

Fig.3 冬期ハタベカンガレイの水中画像
ハタベカンガレイの茎はカンガレイと比べて細くて柔らかく、簡単に折れ曲がったりたわんだりします。たわんだ茎は冬期でも枯れていません。数本の茎が小穂をつけているのが見えますが、これらは全て不稔で痩果はありませんでした。おそらく冬間近になって出た小穂でしょう。

Fig.4 群生する沈水形のハタベカンガレイ
この溜池では遠浅な部分が比較的多く広がっており、そのような水深の浅い場所では若い水中葉の個体がおびただしく生育しているのが見られました。水中葉ばかりの沈水形は常緑越冬するので、冬の溜池ではよく目立ちます。岸からすり鉢状にすぐに深くなるような溜池では、これほど多くの若い沈水形の個体を見ることはありません。

Fig.5 沈水形の水中画像
水中葉は幅約4mm、硬い紙質~やや革質、長いものでは80cm近くに達し、上部で次第に狭くなって鈍頭~やや鋭頭、全縁、一層の気質が並び、中肋はなく、葉脈は細長い格子状。基部の葉縁には幅1mm前後の葉耳があります。

Fig.6 深い場所に生育する成熟個体
水深が60cmを超えて深くなると、成熟個体もほとんど水没して、苞葉の基部から多数の水中葉を持ったクローン株を形成します。画像では各茎の先近くに細い水中葉が広がっているのが見られます。ハタベカンガレイの生育する溜池では冬期になると、このような光景が広がります。兵庫県内の数ヶ所の溜池で実測調査したところ、ハタベカンガレイの成熟個体は水深150cmまで生育できることがわかりました。

Fig.7 クローンを芽生した茎
こういった溜池の自生地では冬期に水際に打ち寄せられた、このような茎が見られます。このクローン株は泥に挿しておくと発根して容易に栽培することができます。水槽内でもしばらくは沈水形のまま生育しますが、育成環境がよいと、1年後には茎を生じてきます。

Fig.8 新茎を生じた個体
ハタベカンガレイはどうも季節に関係なく新茎を上げているように感じられます。これまで晩秋の11月になっても、またこのように早い時期でも新茎を上げているのを観察しています。これは、ハタベカンガレイの生育環境にも関係していると考えられます。ハタベカンガレイは国内では湧水河川や湿地内の水路で生育が確認されている例が多く、このような場所では湧水によって、水温が比較的一定していることが予想されます。一方、ハタベカンガレイが生育する溜池は決まって山際や谷の奥にあって護岸されていない場所で、湧水の影響によるものでしょうか、冬期でも水中の温度が4℃以下に下がることはありません。ハタベカンガレイは水温変化の少ない湧水環境と強く結びつくことによって、茎を枯死させて越冬芽を形成する必要がなかったのかもしれません。そのため、溜池で生育していても枯れることなく半常緑越冬していることが予想されます。また、顕著な水中葉を形成するのは、明らかに水流のある湧水河川に対して適応したためでしょう。

Fig.9 溜池での植生
植生といってもまだ春先なので、水中で確認できたものは移入されたコカナダモ、ミズユキノシタ、ハリイsp.くらいしか確認できませんでした。また、池の中央近くでは冬枯れしたミクリsp.の小さな塊りが見られました。

Fig.10 自生地の遠景
ハタベカンガレイは溜池に450㎡程度の群落を形成していました。画像左上の木陰の端の水面に見える冬枯れた草本はミクリsp.です。溜池畔はシカの食害がかなり進んでおり、ハイチゴザサ(京都府準絶滅危惧種)と少数のヒメアギスミレが見られる程度でした。しかし、ハタベカンガレイが生育する地域には希少な湿生・水生植物が生育していることが多く、兵庫県のハタベカンガレイの生育する溜池ではサイコクヒメコウホネ、ヒツジグサ、イトモ、フサモ、イヌタヌキモ、ヒメタヌキモ、ヤナギスブタなどの生育を確認しています。今回はこの溜池とは別の、湿地の付随した小さな溜池で、若いミズニラを確認することができました。初夏から夏にかけて再訪すると何か新たな発見があるかもしれません。また、近隣の溜池にもハタベカンガレイが生育していなか調べる必要があるでしょう。

Fig.11 冬期のカンガレイ
参考画像。冬期のカンガレイは地上部は全て枯死し、地中に越冬芽を形成して越冬します。

Fig.12 夏期のハタベカンガレイ
7月中旬の抽水状態の成熟個体ですが、すでにクローンを芽生しています。

Fig.13 気中で芽生するハタベカンガレイ
ハタベカンガレイは水中では水中葉の、気中では気中茎のクローンを苞葉基部から芽生します。

Fig.14 夏期のカンガレイ
カンガレイはハタベカンガレイよりも硬くしっかりとした茎を持ち、ふつう倒伏する茎はあまりありません。また、小穂も細長く、より大きな披針形をしています。

Fig.15 倒伏した茎からクローンを芽生したカンガレイ
カンガレイがハタベカンガレイのようにクローンを芽生するのはごく稀で、これまで4例しか観察していません。画像のように芽生箇所が水没しても水中葉となることはなく、水上に向かって気中茎を上げます。水面にジュンサイやヒツジグサなどの広葉な浮葉が遮っていても、それを突き破って水面上に現れていました。しかし、カンガレイの芽生についてはまだものが言えるほどのデータが取れていないので、さらに観察事例を増やす必要があります。
関連ページ
西宮の湿生・水生植物 ハタベカンガレイ
西宮の湿生・水生植物 カンガレイ
参考文献
前田哲弥・佐藤千芳・内野明徳 2004. ハタベカンガレイの変異とそれに近縁なヒメカンガレイおよびカンガレイとの形態比較. 植物研究雑誌 79(1):29~42.
松岡成久 2010. 兵庫県産カヤツリグサ科フトイ属カンガレイ類の形態的特徴と分布. 兵庫の植物 20:1~14. 兵庫県植物誌研究会.
画像:冬期のハタベカンガレイ、半常緑越冬するハタベカンガレイ、水中の沈水形、
芽生したクローン、新茎を生じたハタベカンガレイ、自生地、冬期のカンガレイ、
夏期のハタベカンガレイ、気中形の芽生、夏期のカンガレイ、
カンガレイのクローン芽生など
* 画像は全てクリックすると拡大できます。

Fig.1 冬期の溜池に生育するハタベカンガレイ
カンガレイは冬期には水中や地上の茎(有花茎、桿)は全て枯れてしまい(Fig.11参照)、地中に越冬芽を形成して越冬します。一方、ハタベカンガレイは茎の水上に出ている部分は枯れますが、水中にある部分は枯れずに緑色を保ち、水中葉を持つ沈水形は水中で常緑越冬します。このため、冬期の溜池でハタベカンガレイに出くわすと、一目でそれとわかります。画像からもその様子が判るかと思います。溜池でハタベカンガレイを見つけるには、冬期に集中して探したほうが有利であることが解ります。国内では湧水河川や湿地内の水路などからの記録が多いですが、山間の腐植栄養質~貧栄養な溜池にひっそりと命脈を保っているかもしれません。

Fig.2 半常緑越冬するハタベカンガレイ
岸辺近くに生育している大型の個体ですが、茎の水没部分や倒伏しているものは緑色を保っています。気温が低下して溜池の水面が氷結しても、茎の水没部は枯れてしまうということがありません。溜池に生育するハタベカンガレイは半常緑越冬すると考えられます。

Fig.3 冬期ハタベカンガレイの水中画像
ハタベカンガレイの茎はカンガレイと比べて細くて柔らかく、簡単に折れ曲がったりたわんだりします。たわんだ茎は冬期でも枯れていません。数本の茎が小穂をつけているのが見えますが、これらは全て不稔で痩果はありませんでした。おそらく冬間近になって出た小穂でしょう。

Fig.4 群生する沈水形のハタベカンガレイ
この溜池では遠浅な部分が比較的多く広がっており、そのような水深の浅い場所では若い水中葉の個体がおびただしく生育しているのが見られました。水中葉ばかりの沈水形は常緑越冬するので、冬の溜池ではよく目立ちます。岸からすり鉢状にすぐに深くなるような溜池では、これほど多くの若い沈水形の個体を見ることはありません。

Fig.5 沈水形の水中画像
水中葉は幅約4mm、硬い紙質~やや革質、長いものでは80cm近くに達し、上部で次第に狭くなって鈍頭~やや鋭頭、全縁、一層の気質が並び、中肋はなく、葉脈は細長い格子状。基部の葉縁には幅1mm前後の葉耳があります。

Fig.6 深い場所に生育する成熟個体
水深が60cmを超えて深くなると、成熟個体もほとんど水没して、苞葉の基部から多数の水中葉を持ったクローン株を形成します。画像では各茎の先近くに細い水中葉が広がっているのが見られます。ハタベカンガレイの生育する溜池では冬期になると、このような光景が広がります。兵庫県内の数ヶ所の溜池で実測調査したところ、ハタベカンガレイの成熟個体は水深150cmまで生育できることがわかりました。

Fig.7 クローンを芽生した茎
こういった溜池の自生地では冬期に水際に打ち寄せられた、このような茎が見られます。このクローン株は泥に挿しておくと発根して容易に栽培することができます。水槽内でもしばらくは沈水形のまま生育しますが、育成環境がよいと、1年後には茎を生じてきます。

Fig.8 新茎を生じた個体
ハタベカンガレイはどうも季節に関係なく新茎を上げているように感じられます。これまで晩秋の11月になっても、またこのように早い時期でも新茎を上げているのを観察しています。これは、ハタベカンガレイの生育環境にも関係していると考えられます。ハタベカンガレイは国内では湧水河川や湿地内の水路で生育が確認されている例が多く、このような場所では湧水によって、水温が比較的一定していることが予想されます。一方、ハタベカンガレイが生育する溜池は決まって山際や谷の奥にあって護岸されていない場所で、湧水の影響によるものでしょうか、冬期でも水中の温度が4℃以下に下がることはありません。ハタベカンガレイは水温変化の少ない湧水環境と強く結びつくことによって、茎を枯死させて越冬芽を形成する必要がなかったのかもしれません。そのため、溜池で生育していても枯れることなく半常緑越冬していることが予想されます。また、顕著な水中葉を形成するのは、明らかに水流のある湧水河川に対して適応したためでしょう。

Fig.9 溜池での植生
植生といってもまだ春先なので、水中で確認できたものは移入されたコカナダモ、ミズユキノシタ、ハリイsp.くらいしか確認できませんでした。また、池の中央近くでは冬枯れしたミクリsp.の小さな塊りが見られました。

Fig.10 自生地の遠景
ハタベカンガレイは溜池に450㎡程度の群落を形成していました。画像左上の木陰の端の水面に見える冬枯れた草本はミクリsp.です。溜池畔はシカの食害がかなり進んでおり、ハイチゴザサ(京都府準絶滅危惧種)と少数のヒメアギスミレが見られる程度でした。しかし、ハタベカンガレイが生育する地域には希少な湿生・水生植物が生育していることが多く、兵庫県のハタベカンガレイの生育する溜池ではサイコクヒメコウホネ、ヒツジグサ、イトモ、フサモ、イヌタヌキモ、ヒメタヌキモ、ヤナギスブタなどの生育を確認しています。今回はこの溜池とは別の、湿地の付随した小さな溜池で、若いミズニラを確認することができました。初夏から夏にかけて再訪すると何か新たな発見があるかもしれません。また、近隣の溜池にもハタベカンガレイが生育していなか調べる必要があるでしょう。

Fig.11 冬期のカンガレイ
参考画像。冬期のカンガレイは地上部は全て枯死し、地中に越冬芽を形成して越冬します。

Fig.12 夏期のハタベカンガレイ
7月中旬の抽水状態の成熟個体ですが、すでにクローンを芽生しています。

Fig.13 気中で芽生するハタベカンガレイ
ハタベカンガレイは水中では水中葉の、気中では気中茎のクローンを苞葉基部から芽生します。

Fig.14 夏期のカンガレイ
カンガレイはハタベカンガレイよりも硬くしっかりとした茎を持ち、ふつう倒伏する茎はあまりありません。また、小穂も細長く、より大きな披針形をしています。

Fig.15 倒伏した茎からクローンを芽生したカンガレイ
カンガレイがハタベカンガレイのようにクローンを芽生するのはごく稀で、これまで4例しか観察していません。画像のように芽生箇所が水没しても水中葉となることはなく、水上に向かって気中茎を上げます。水面にジュンサイやヒツジグサなどの広葉な浮葉が遮っていても、それを突き破って水面上に現れていました。しかし、カンガレイの芽生についてはまだものが言えるほどのデータが取れていないので、さらに観察事例を増やす必要があります。
関連ページ
西宮の湿生・水生植物 ハタベカンガレイ
西宮の湿生・水生植物 カンガレイ
参考文献
前田哲弥・佐藤千芳・内野明徳 2004. ハタベカンガレイの変異とそれに近縁なヒメカンガレイおよびカンガレイとの形態比較. 植物研究雑誌 79(1):29~42.
松岡成久 2010. 兵庫県産カヤツリグサ科フトイ属カンガレイ類の形態的特徴と分布. 兵庫の植物 20:1~14. 兵庫県植物誌研究会.
- 関連記事
-
- 琵琶湖周辺のカヤツリグサ科フトイ属
- フトイ・オオフトイと海浜性小型フトイのもんだい
- 京都府でハタベカンガレイの生育を確認
スポンサーサイト
category: カヤツリグサ科フトイ属
コメント
マツモムシ06さん
詳しく調査していただいてありがとうございました。今日、私も現地に行ってきました。
僅かな時間しかいられなかったのですが、ヒメアギスミレは確認できました。
また道の両側にとても小さな草がかなりの数生えていましたが、あれはフデ
リンドウではなかったと思っています。フデリンドウも京都府では準絶滅危惧種
に指定されています。ツボミがついていたので、開花を楽しみにしています。
詳しく調査していただいてありがとうございました。今日、私も現地に行ってきました。
僅かな時間しかいられなかったのですが、ヒメアギスミレは確認できました。
また道の両側にとても小さな草がかなりの数生えていましたが、あれはフデ
リンドウではなかったと思っています。フデリンドウも京都府では準絶滅危惧種
に指定されています。ツボミがついていたので、開花を楽しみにしています。
Re: タイトルなし
アタさん、こんばんは。
あの溜池は自然度の高い素晴しい場所でした。
教えていただきありがとうございました。
フデリンドウ、確かにありましたね。
フデリンドウが京都府準絶滅危惧種とは知りませんでした。勉強不足でした。
フデリンドウは枯葉に埋もれてしまう程草体が小さいためか、シカの食害をあまり受けないようで、兵庫県の丹波地方ではまだあちこちで見ることができます。
自宅近くの雑木林にもミヤマウズラやシソバタツナミなんかと一緒に生えています。
県境を越えると、植生も随分と変わるようですね。
あの溜池は自然度の高い素晴しい場所でした。
教えていただきありがとうございました。
フデリンドウ、確かにありましたね。
フデリンドウが京都府準絶滅危惧種とは知りませんでした。勉強不足でした。
フデリンドウは枯葉に埋もれてしまう程草体が小さいためか、シカの食害をあまり受けないようで、兵庫県の丹波地方ではまだあちこちで見ることができます。
自宅近くの雑木林にもミヤマウズラやシソバタツナミなんかと一緒に生えています。
県境を越えると、植生も随分と変わるようですね。
トラックバック
| h o m e |