『神戸・六甲山の草花ハンドブック』
2016/08/28 Sun. 01:53 [edit]
ビジュアル中心の図鑑のページをめくりながら「今度はこの植物のこの部分を詳しく観察してみよう」とか、「あの山のあのあたりの谷筋だったらこの植物があるかもしれない」と想像するのは楽しいものだ。
相互リンクしていただいている「神戸・六甲山系の森林」の管理者であり、特定非営利活動法人・六甲山の自然を学ぼう会の理事長、森林インストラクターでもある清水孝之氏が『神戸・六甲山の草花ハンドブック(春-初夏編)』 『神戸・六甲山の草花ハンドブック(夏-秋編)』を相次いで発刊された。既刊の『神戸・六甲山の樹木ハンドブック』と合わせると相当のボリュームで、これまでの清水氏の植物観察と経験の集大成と言うべき素晴らしい内容だ。植物観察と探査を楽しくしてくれる図鑑がまた新たに世に出た。ここでは近刊の『神戸・六甲山の草花ハンドブック(春-初夏編)』 『神戸・六甲山の草花ハンドブック(夏-秋編)』の2冊を紹介したい。

春~初夏編は331種収録の341ページ、夏~秋編は371種収録の379ページで、1冊だけでもかなりのボリュームがある。仕様はB6変型判で、110×182mmの片手に収まるサイズであり、裏表紙には1mm目盛のスケールが記されており、屋外に携行することが意図されている。収録種の中には近年になって六甲山地で生育が確認されたアオテンナンショウ、ホンゴウソウ、トケンラン、タシロラン、セッコク、ナガミノツルケマン、ナガボノワレモコウ、オオヤマハコベ、アイナエなどが含まれ、その中には氏が発見したものもある。
表紙に表記されているとおり『神戸・六甲山の草花ハンドブック』(以下、『草花ハンドブック』と略記)はAPG-Ⅲに準拠して分類されている。したがって、従来の図鑑のように離弁花・合弁花というような分類・配置はなされておらず、基部被子植物から始まる。基部被子植物は原始的被子植物とも呼ばれ、被子植物全体から系統樹の大部分を占める真正双子葉植物と単子葉植物を除いた、系統樹の早い段階で分岐した側系統群で現生種の数%程度を占めると言われている。基部被子植物と真正双子葉植物の差異は形態的には花粉の形状が異なり、基部被子植物では一溝粒となり、真正双子葉植物では三溝粒が基本となる。
APG体系については、以下のサイトが簡潔にまとめられているのでご参照頂きたい。
福原のページ 植物形態学 9. 被子植物の系統・進化・多様性 9-1. 被子植物の系統樹と分類
これまでの図鑑に親しんできた我々世代には馴染みが薄いだろうが、清水氏は「あとがき」で「この本で植物を初めて勉強しようとされる方のために今後の主流となるAPG体系で記載することとしました」と述べておられる。氏の言われるとおり、本書は「勉強」の一助となるような完成度の高さであり、今後神戸市や六甲山系で新産種が発見されても、当分の間はこの地域の野草ハンドブックのバイブルとなって活躍すると思われる。単子葉類の大部分を占めるイネ科、カヤツリグサ科は除外されているが、それらを収録すると大冊となって携行し難くなるので、これはこれで正解だろう。
それではさっそく「目次」から見ていこう。

緑色の大見出しが5項目あり、うち1~3、5章は春-初夏編、夏-秋編ともに同一の内容で、どちらか1冊しか購入しない人への配慮だろう。4章が『草花ハンドブック』の本体部分で、APG-Ⅲに準拠して「被子植物・基部植物群」「被子植物・単子葉植物」「被子植物・真正双子葉植物」の順に収録種の科が並んでいる。科の右端には、その科の収録種数が記されていて、両巻総計でキク科が最も収録種数が多く102種(「その他植物」の頁をのぞく)に及んでいる。


1章の「植物用語の説明」は図鑑類を使う際の基礎知識といったもので、17ページに亘ってカラーで図示されており、理解されやすいだろう。花冠の形や果実の形は見ていて楽しい上に勉強になる。

2章の「六甲山とは」では、収録地域の地形や地質が手短に記されている。

3章の「六甲山の草花の四季」では、6つのグループからなる六甲山の植物相の概要と、春から秋にかけて六甲山地を彩る代表的な草花の開花が時系列的に概説されている。

4章はこのハンドブックの本体となる「神戸・六甲山の草花」。
最初のp.25「本章の使い方」をみると、1ページ内に含まれる情報量の多さが理解できる。
分布域・稀少度・開花期・生育環境・有用性・RDBデータ・名称由来などの基礎情報はコンパクトに定型化され、それによりページ内の画像と解説文のスペースを大きく確保している。ハンドブック・サイズの1ページで1種を収めるのはなかなか大変な作業だが、画像と解説文のスペースを大きく確保することにより、特徴のある部位の画像や近似種との区別点も盛り込まれ、現地での同定にも充分耐えうるものとなっている。
各種のページを数例かいつまんで見ていこう。

春-初夏編からアマナとヒナランのページ。
全体の雰囲気を掴むための大きな画像と、花の拡大画像と特徴を表す画像が添えられて、それぞれに解説文がついている。

春-初夏編からフウロケマンとミヤマキケマンのページ。
両種の区別点が明瞭に示されている。

夏-秋編からトキリマメとタンキリマメのページ。
似たもの同士が見開きになっているページは特に解りやすい。

夏-秋編からムラサキミミカキグサとホザキノミミカキグサのページ。
これも同様に解りやすい。

夏-秋編からシオン属の比較のページ。
見分けの難しいシオン属については、特別に比較ページが設けられている。

春-初夏編からコマツヨイグサ、ユウゲショウ、ヒルザキツキミソウのページ。
身近でよく目立つ外来種も収録され、神戸市のブラックリストに載っているものは表記されている。
加えて4章末尾の「その他の植物」には外来種をメインに1ページにつき4種が掲載されている。
以上、かいつまんで本体を紹介した。
5章では「神戸・六甲山の草花トレッキングコース」として春・初夏・夏・秋と分けて39コースが紹介されている。これらのコースは六甲山地の草花入門コースとしては最適だろう。
索引のページでは春-初夏編、夏-秋編を統合して索引できるようになっていて非常に便利だ。
神戸・六甲山地での自生は「知る人ぞ知る」といったユキモチソウ、マヤラン、トケンラン、カザグルマ、オキナグサ、ミカワタヌキモ(イトタヌキモ)、ゴマクサ、ヤブレガサモドキ、ヒメシオン、ミヤマコウモリソウ、キクアザミ、アオヤギバナといった稀少種から、道端や市街地でも見られる外来種までも、網羅的にヴィジュアルを優先した、入門的かつ地域的な書籍はこれまで無かった。
一つだけ残念なのは国外分布が併記されていない点だろうか。六甲山の植物相は6つのグループからなると3章で簡単に記されているが、満鮮要素や北方系、海浜系要素などを知る手掛かりは国外分布にあるので、それはあったほうが良かったのではないだろうか。
しかし、ハンドブックという形で販売価格も安価ながら完成度は高く、六甲山の草花を手軽に知るための必須の書となるだろう。本書によって身近な山野の植物に興味を持つ人も増えることだろう。清水氏は今後は子供達のために昆虫を調べると仰っておられた。その結果、今度はなにが飛び出してくるのだろう。氏の今後のご活躍にも大いに期待したい。
最近刊の夏~秋編は清水氏のサイトから現在著者割りで購入が可能。
以下のバナーをクリックすると清水氏のサイト『神戸・六甲山系の森林』のサイトが立ち上がります。

書籍情報
『神戸・六甲山の草花ハンドブック 春~初夏編』 清水 孝之 撮影・著 ほおずき出版 定価(本体 2,500円+税) ISBN978-4-434-21867-5
『神戸・六甲山の草花ハンドブック 夏~秋編』 清水 孝之 撮影・著 ほおずき出版 定価(本体 2,500円+税) ISBN978-4-434-22060-9
相互リンクしていただいている「神戸・六甲山系の森林」の管理者であり、特定非営利活動法人・六甲山の自然を学ぼう会の理事長、森林インストラクターでもある清水孝之氏が『神戸・六甲山の草花ハンドブック(春-初夏編)』 『神戸・六甲山の草花ハンドブック(夏-秋編)』を相次いで発刊された。既刊の『神戸・六甲山の樹木ハンドブック』と合わせると相当のボリュームで、これまでの清水氏の植物観察と経験の集大成と言うべき素晴らしい内容だ。植物観察と探査を楽しくしてくれる図鑑がまた新たに世に出た。ここでは近刊の『神戸・六甲山の草花ハンドブック(春-初夏編)』 『神戸・六甲山の草花ハンドブック(夏-秋編)』の2冊を紹介したい。

春~初夏編は331種収録の341ページ、夏~秋編は371種収録の379ページで、1冊だけでもかなりのボリュームがある。仕様はB6変型判で、110×182mmの片手に収まるサイズであり、裏表紙には1mm目盛のスケールが記されており、屋外に携行することが意図されている。収録種の中には近年になって六甲山地で生育が確認されたアオテンナンショウ、ホンゴウソウ、トケンラン、タシロラン、セッコク、ナガミノツルケマン、ナガボノワレモコウ、オオヤマハコベ、アイナエなどが含まれ、その中には氏が発見したものもある。
表紙に表記されているとおり『神戸・六甲山の草花ハンドブック』(以下、『草花ハンドブック』と略記)はAPG-Ⅲに準拠して分類されている。したがって、従来の図鑑のように離弁花・合弁花というような分類・配置はなされておらず、基部被子植物から始まる。基部被子植物は原始的被子植物とも呼ばれ、被子植物全体から系統樹の大部分を占める真正双子葉植物と単子葉植物を除いた、系統樹の早い段階で分岐した側系統群で現生種の数%程度を占めると言われている。基部被子植物と真正双子葉植物の差異は形態的には花粉の形状が異なり、基部被子植物では一溝粒となり、真正双子葉植物では三溝粒が基本となる。
APG体系については、以下のサイトが簡潔にまとめられているのでご参照頂きたい。
福原のページ 植物形態学 9. 被子植物の系統・進化・多様性 9-1. 被子植物の系統樹と分類
これまでの図鑑に親しんできた我々世代には馴染みが薄いだろうが、清水氏は「あとがき」で「この本で植物を初めて勉強しようとされる方のために今後の主流となるAPG体系で記載することとしました」と述べておられる。氏の言われるとおり、本書は「勉強」の一助となるような完成度の高さであり、今後神戸市や六甲山系で新産種が発見されても、当分の間はこの地域の野草ハンドブックのバイブルとなって活躍すると思われる。単子葉類の大部分を占めるイネ科、カヤツリグサ科は除外されているが、それらを収録すると大冊となって携行し難くなるので、これはこれで正解だろう。
それではさっそく「目次」から見ていこう。

緑色の大見出しが5項目あり、うち1~3、5章は春-初夏編、夏-秋編ともに同一の内容で、どちらか1冊しか購入しない人への配慮だろう。4章が『草花ハンドブック』の本体部分で、APG-Ⅲに準拠して「被子植物・基部植物群」「被子植物・単子葉植物」「被子植物・真正双子葉植物」の順に収録種の科が並んでいる。科の右端には、その科の収録種数が記されていて、両巻総計でキク科が最も収録種数が多く102種(「その他植物」の頁をのぞく)に及んでいる。


1章の「植物用語の説明」は図鑑類を使う際の基礎知識といったもので、17ページに亘ってカラーで図示されており、理解されやすいだろう。花冠の形や果実の形は見ていて楽しい上に勉強になる。

2章の「六甲山とは」では、収録地域の地形や地質が手短に記されている。

3章の「六甲山の草花の四季」では、6つのグループからなる六甲山の植物相の概要と、春から秋にかけて六甲山地を彩る代表的な草花の開花が時系列的に概説されている。

4章はこのハンドブックの本体となる「神戸・六甲山の草花」。
最初のp.25「本章の使い方」をみると、1ページ内に含まれる情報量の多さが理解できる。
分布域・稀少度・開花期・生育環境・有用性・RDBデータ・名称由来などの基礎情報はコンパクトに定型化され、それによりページ内の画像と解説文のスペースを大きく確保している。ハンドブック・サイズの1ページで1種を収めるのはなかなか大変な作業だが、画像と解説文のスペースを大きく確保することにより、特徴のある部位の画像や近似種との区別点も盛り込まれ、現地での同定にも充分耐えうるものとなっている。
各種のページを数例かいつまんで見ていこう。

春-初夏編からアマナとヒナランのページ。
全体の雰囲気を掴むための大きな画像と、花の拡大画像と特徴を表す画像が添えられて、それぞれに解説文がついている。

春-初夏編からフウロケマンとミヤマキケマンのページ。
両種の区別点が明瞭に示されている。

夏-秋編からトキリマメとタンキリマメのページ。
似たもの同士が見開きになっているページは特に解りやすい。

夏-秋編からムラサキミミカキグサとホザキノミミカキグサのページ。
これも同様に解りやすい。

夏-秋編からシオン属の比較のページ。
見分けの難しいシオン属については、特別に比較ページが設けられている。

春-初夏編からコマツヨイグサ、ユウゲショウ、ヒルザキツキミソウのページ。
身近でよく目立つ外来種も収録され、神戸市のブラックリストに載っているものは表記されている。
加えて4章末尾の「その他の植物」には外来種をメインに1ページにつき4種が掲載されている。
以上、かいつまんで本体を紹介した。
5章では「神戸・六甲山の草花トレッキングコース」として春・初夏・夏・秋と分けて39コースが紹介されている。これらのコースは六甲山地の草花入門コースとしては最適だろう。
索引のページでは春-初夏編、夏-秋編を統合して索引できるようになっていて非常に便利だ。
神戸・六甲山地での自生は「知る人ぞ知る」といったユキモチソウ、マヤラン、トケンラン、カザグルマ、オキナグサ、ミカワタヌキモ(イトタヌキモ)、ゴマクサ、ヤブレガサモドキ、ヒメシオン、ミヤマコウモリソウ、キクアザミ、アオヤギバナといった稀少種から、道端や市街地でも見られる外来種までも、網羅的にヴィジュアルを優先した、入門的かつ地域的な書籍はこれまで無かった。
一つだけ残念なのは国外分布が併記されていない点だろうか。六甲山の植物相は6つのグループからなると3章で簡単に記されているが、満鮮要素や北方系、海浜系要素などを知る手掛かりは国外分布にあるので、それはあったほうが良かったのではないだろうか。
しかし、ハンドブックという形で販売価格も安価ながら完成度は高く、六甲山の草花を手軽に知るための必須の書となるだろう。本書によって身近な山野の植物に興味を持つ人も増えることだろう。清水氏は今後は子供達のために昆虫を調べると仰っておられた。その結果、今度はなにが飛び出してくるのだろう。氏の今後のご活躍にも大いに期待したい。
最近刊の夏~秋編は清水氏のサイトから現在著者割りで購入が可能。
以下のバナーをクリックすると清水氏のサイト『神戸・六甲山系の森林』のサイトが立ち上がります。

書籍情報
『神戸・六甲山の草花ハンドブック 春~初夏編』 清水 孝之 撮影・著 ほおずき出版 定価(本体 2,500円+税) ISBN978-4-434-21867-5
『神戸・六甲山の草花ハンドブック 夏~秋編』 清水 孝之 撮影・著 ほおずき出版 定価(本体 2,500円+税) ISBN978-4-434-22060-9
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category: 書籍・植物
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