琵琶湖周辺のカヤツリグサ科フトイ属
2014/09/13 Sat. 17:39 [edit]
*画像クリックで、別ウィンドで表示されます。
FC2ブログの仕様が変わったのか、リンク先で大きな画像が表示されなくなってしまいました。
大きな画像(1024×768)を見る時は、リンク先の画像を別のウインドかタブで表示してください。
毎年訪ねる琵琶湖ですが、今回はM先生からの滋賀県新産のツクシカンガレイ自生地の情報も頂き、カヤツリグサ科フトイ属の草本にいろいろと面白いものが観察できました。
その中から数種の草本を取り上げてみようと思います。
2014.9/22に追記しました。

Fig.1 ツクシカンガレイ Schoenoplectus multisetus
M先生が見つけられたツクシカンガレイ自生地を見てきました。
放棄された造成跡地が大きな湿原になっていて、湿原内に3つの大きな群落が見られました。
ツクシカンガレイは横走根茎によって栄養繁殖するため、画像のように広い面積を優占します。
関連ページ 湿生植物・ツクシカンガレイ

Fig.2 ツクシカンガレイの横走根茎
横走根茎は同じように湿地に生えるサンカクイやクログワイなどに較べると太くて硬質で頑丈。

Fig.3 ツクシカンガレイの有花茎
有花茎の先の苞葉=小穂から上の部分はカンガレイ、ヒメカンガレイ、ハタベカンガレイなどの近縁種に較べて顕著に短い。

Fig.4 ツクシカンガレイの痩果
痩果表面には低い横しわがあり、刺針状花披片は痩果と同長か短く、稀に少し長い。

Fig.5 ツクシカンガレイの幼個体
最初2~3枚の扁平で線形の葉を展葉し、続いて3稜形の茎を出します。

Fig.6 コマツカサススキと混生するツクシカンガレイ
自生地ではこの他、シカクイ、ヤマイ、コアゼガヤツリ、アゼスゲ、イヌノハナヒゲ、イグサが多く見られ、ツクシカンガレイ群落中にはアゼトウガラシ、サワトウガラシ、マルバノサワトウガラシなどの小型の1年生草本が生育していました。

Fig.7 コホタルイ Schoenoplectiella komarovii
地下水位の高い休耕田で20個体あまりが生育していました。
北方系の種で、これまで福井県までは記録がありましたが、近畿地方では初めての記録になります。
根茎は短く叢生し、有花茎はやや細い円柱形です。
関連ページ 湿生植物・コホタルイ

Fig.8 コホタルイの苞葉と花序
コホタルイの一番の特徴は、長い苞葉と小穂が多数集まった花序にあります。
苞葉は長いものでは有花茎(花序よりも下の茎)の1/2もの長さになります。
小穂は近縁のホタルイやイヌホタルイに較べて小型で、花序には多数の小穂が集まってつきます。

Fig.9 コホタルイの痩果
コホタルイの痩果は小さく、長さ約1.2~1.5mm。(ホタルイでは約2mm。イヌホタルイでは約1.5mm。)
柱頭は2岐するため、痩果の横断面は凸レンズ状となります。

Fig.10 コホタルイの自生環境
休耕後3年を経た水田で、カンガレイ、ホタルイ、シカクイ、ナガバノウナギツカミ、アメリカセンダングサが優占していました。
他にハリイ、カワラスガナ、コアゼガヤツリ、タイヌビエ、チゴザサ、ガマ、イボクサ、ヘラオモダカ、コケオトギリ、キクモ、ヒメジソなどが混生していました。

Fig.11 イヌホタルイ×カンガレイ S. juncoides × S. triangulata
コホタルイの生育する休耕田に隣接する別の休耕田に生育していたもので、カンガレイとイヌホタルイの雑種です。茎の横断面はいびつな4稜または不完全な5稜があり、太さはカンガレイとイヌホタルイの間くらいになります。周辺には両親種であるカンガレイとイヌホタルイが見られ、両種がサンカクイとともに休耕田中で優占種となっていました。
画像中の奥の有花茎が弓なりに反っているのがカンガレイ。手前にあってより細く斜上した有花茎をもつものがシカクホタルイ イヌホタルイ×カンガレイです。
*当初本種はシカクホタルイとしていましたが、シカクホタルイのタイプ標本はサンカクホタルイと同じもので、シカクホタルイはサンカクホタルイのシノニムであるとのご指摘を頂きました。よって種名をイヌホタルイ×カンガレイと変更いたしました。ご指摘を頂いたO氏には感謝申し上げます。
関連ページ 湿生植物・イヌホタルイ x カンガレイ

Fig.12 イヌホタルイ×カンガレイの有花茎断面
茎の横断面はいびつな4稜または不完全な5稜があり、太さはカンガレイとイヌホタルイの間くらいで、径2.5~4mm。

Fig.13 イヌホタルイ×カンガレイの小穂
小穂は細長く伸び、太さはいびつで、よじれるものが多い。

Fig.14 イヌホタルイ×カンガレイの柱頭
柱頭は3岐しているものがほとんどでした。

Fig.15 イヌホタルイ×カンガレイの痩果
この場所のものは結実した痩果と不稔の痩果とがはっきりと分かれていました。
画像は結実したもので、痩果表面の不明瞭な横しわがイヌホタルイの影響を、痩果よりも長い刺針状花披片がカンガレイの影響を感じさせます。

Fig.16 不明のホタルイ近縁種 Schoenoplectus sp.
コホタルイが生育する休耕田内に1個体だけ見られたもので、一見するとホタルイに見えますが、有花茎は円柱形ではなく、明瞭な3~4稜があります。

Fig.17 不明ホタルイsp.の有花茎断面
有花茎は細く、径2mm以下で、3~4稜があるのが解ります。
有花茎が3稜形となるものにカンガレイとホタルイの雑種であるサンカクホタルイがありますが、径2.5mm以上となります。

Fig.18 不明ホタルイsp.の小穂
小穂の形状はややいびつなものが見られます。

Fig.19 不明ホタルイsp.の柱頭
3岐するものが多く、2岐するものが混在していました。

Fig.20 不明ホタルイsp.の痩果
痩果は正常に結実しており、イヌホタルイ×カンガレイやサンカクホタルイの正常なものに似ています。
以上のことから、ホタルイにイヌホタルイ×カンガレイかサンカクホタルイが戻し交配となったものと予想できそうです。
自生地に隣接する休耕田には前出のイヌホタルイ×カンガレイがあるほか、道を隔てた湿地にはサンカクホタルイが見られるめ、片親をどちらかに決めることができません。
今後はそれぞれの種の葯の長さなどの細部をより詳しく調べる必要があるでしょう。
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毎年訪ねる琵琶湖ですが、今回はM先生からの滋賀県新産のツクシカンガレイ自生地の情報も頂き、カヤツリグサ科フトイ属の草本にいろいろと面白いものが観察できました。
その中から数種の草本を取り上げてみようと思います。
2014.9/22に追記しました。

Fig.1 ツクシカンガレイ Schoenoplectus multisetus
M先生が見つけられたツクシカンガレイ自生地を見てきました。
放棄された造成跡地が大きな湿原になっていて、湿原内に3つの大きな群落が見られました。
ツクシカンガレイは横走根茎によって栄養繁殖するため、画像のように広い面積を優占します。
関連ページ 湿生植物・ツクシカンガレイ

Fig.2 ツクシカンガレイの横走根茎
横走根茎は同じように湿地に生えるサンカクイやクログワイなどに較べると太くて硬質で頑丈。

Fig.3 ツクシカンガレイの有花茎
有花茎の先の苞葉=小穂から上の部分はカンガレイ、ヒメカンガレイ、ハタベカンガレイなどの近縁種に較べて顕著に短い。

Fig.4 ツクシカンガレイの痩果
痩果表面には低い横しわがあり、刺針状花披片は痩果と同長か短く、稀に少し長い。

Fig.5 ツクシカンガレイの幼個体
最初2~3枚の扁平で線形の葉を展葉し、続いて3稜形の茎を出します。

Fig.6 コマツカサススキと混生するツクシカンガレイ
自生地ではこの他、シカクイ、ヤマイ、コアゼガヤツリ、アゼスゲ、イヌノハナヒゲ、イグサが多く見られ、ツクシカンガレイ群落中にはアゼトウガラシ、サワトウガラシ、マルバノサワトウガラシなどの小型の1年生草本が生育していました。

Fig.7 コホタルイ Schoenoplectiella komarovii
地下水位の高い休耕田で20個体あまりが生育していました。
北方系の種で、これまで福井県までは記録がありましたが、近畿地方では初めての記録になります。
根茎は短く叢生し、有花茎はやや細い円柱形です。
関連ページ 湿生植物・コホタルイ

Fig.8 コホタルイの苞葉と花序
コホタルイの一番の特徴は、長い苞葉と小穂が多数集まった花序にあります。
苞葉は長いものでは有花茎(花序よりも下の茎)の1/2もの長さになります。
小穂は近縁のホタルイやイヌホタルイに較べて小型で、花序には多数の小穂が集まってつきます。

Fig.9 コホタルイの痩果
コホタルイの痩果は小さく、長さ約1.2~1.5mm。(ホタルイでは約2mm。イヌホタルイでは約1.5mm。)
柱頭は2岐するため、痩果の横断面は凸レンズ状となります。

Fig.10 コホタルイの自生環境
休耕後3年を経た水田で、カンガレイ、ホタルイ、シカクイ、ナガバノウナギツカミ、アメリカセンダングサが優占していました。
他にハリイ、カワラスガナ、コアゼガヤツリ、タイヌビエ、チゴザサ、ガマ、イボクサ、ヘラオモダカ、コケオトギリ、キクモ、ヒメジソなどが混生していました。

Fig.11 イヌホタルイ×カンガレイ S. juncoides × S. triangulata
コホタルイの生育する休耕田に隣接する別の休耕田に生育していたもので、カンガレイとイヌホタルイの雑種です。茎の横断面はいびつな4稜または不完全な5稜があり、太さはカンガレイとイヌホタルイの間くらいになります。周辺には両親種であるカンガレイとイヌホタルイが見られ、両種がサンカクイとともに休耕田中で優占種となっていました。
画像中の奥の有花茎が弓なりに反っているのがカンガレイ。手前にあってより細く斜上した有花茎をもつものが
*当初本種はシカクホタルイとしていましたが、シカクホタルイのタイプ標本はサンカクホタルイと同じもので、シカクホタルイはサンカクホタルイのシノニムであるとのご指摘を頂きました。よって種名をイヌホタルイ×カンガレイと変更いたしました。ご指摘を頂いたO氏には感謝申し上げます。
関連ページ 湿生植物・イヌホタルイ x カンガレイ

Fig.12 イヌホタルイ×カンガレイの有花茎断面
茎の横断面はいびつな4稜または不完全な5稜があり、太さはカンガレイとイヌホタルイの間くらいで、径2.5~4mm。

Fig.13 イヌホタルイ×カンガレイの小穂
小穂は細長く伸び、太さはいびつで、よじれるものが多い。

Fig.14 イヌホタルイ×カンガレイの柱頭
柱頭は3岐しているものがほとんどでした。

Fig.15 イヌホタルイ×カンガレイの痩果
この場所のものは結実した痩果と不稔の痩果とがはっきりと分かれていました。
画像は結実したもので、痩果表面の不明瞭な横しわがイヌホタルイの影響を、痩果よりも長い刺針状花披片がカンガレイの影響を感じさせます。

Fig.16 不明のホタルイ近縁種 Schoenoplectus sp.
コホタルイが生育する休耕田内に1個体だけ見られたもので、一見するとホタルイに見えますが、有花茎は円柱形ではなく、明瞭な3~4稜があります。

Fig.17 不明ホタルイsp.の有花茎断面
有花茎は細く、径2mm以下で、3~4稜があるのが解ります。
有花茎が3稜形となるものにカンガレイとホタルイの雑種であるサンカクホタルイがありますが、径2.5mm以上となります。

Fig.18 不明ホタルイsp.の小穂
小穂の形状はややいびつなものが見られます。

Fig.19 不明ホタルイsp.の柱頭
3岐するものが多く、2岐するものが混在していました。

Fig.20 不明ホタルイsp.の痩果
痩果は正常に結実しており、イヌホタルイ×カンガレイやサンカクホタルイの正常なものに似ています。
以上のことから、ホタルイにイヌホタルイ×カンガレイかサンカクホタルイが戻し交配となったものと予想できそうです。
自生地に隣接する休耕田には前出のイヌホタルイ×カンガレイがあるほか、道を隔てた湿地にはサンカクホタルイが見られるめ、片親をどちらかに決めることができません。
今後はそれぞれの種の葯の長さなどの細部をより詳しく調べる必要があるでしょう。
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category: カヤツリグサ科フトイ属
フトイ・オオフトイと海浜性小型フトイのもんだい
2013/09/01 Sun. 01:47 [edit]
お知らせ:京都府レッドデータブックが改訂されました。
http://www.pref.kyoto.jp/kankyo_red/index.html
フトイとオオフトイの違いを見極めよう
今年はフトイの仲間をメインに調べました。
兵庫県には小穂が赤紫色のオオフトイと思われるものが何ヶ所かにありました。
図鑑やwebなどによると、柱頭が3岐するものがオオフトイの特徴としてあげられています。
昨年試みにオオフトイと思われる集団の柱頭を調べてみたところ、1つの小穂に柱頭が2岐するものと3岐するものとが混じっていて、どうも図鑑やwebの記述は怪しいと思うようになりました。
そこで今年はフトイとオオフトイの区別点を見極めようと、主に兵庫県南部の18集団のフトイ類調査を多くの方々の協力を得て行ないました。その結果、フトイとオオフトイの区別点は明確になりましたが、いくつかの疑問点も生じてきました。今回はその概略の報告です。

Fig.1 フトイ(左)とオオフトイ(右)
柱頭の分岐数
まず柱頭の分岐数ですが、1小穂のほぼ全てが2岐するものと、1小穂内で2岐するものと3岐するものとに分けられます。1小穂中に1~2個ほど3岐するものもあるが、ほぼ全てが2岐するものはフトイとしました。1小穂内に2岐するものと3岐するものが混じるものは、だいたい全体の1/3~2/3が3岐するものとなっていました。この2つの分岐パターンが混じっているものをオオフトイと仮定しました。

Fig.2 オオフトイの雌蕊
柱頭が2岐するものと3岐するものが混じっています。
フトイの雌蕊はほとんどのものが2岐し、稀に1小穂中に1~2個程度3岐するものが混じることがあります。
鱗片
このフトイとオオフトイとして分けたものの鱗片の色を調べると、オオフトイとしたものは鱗片の上半分中肋両側に赤紫色となる部分が見られます。
フトイとしたものは淡色~褐色となっています。
この特徴の差は生時、特に鱗片が新鮮な開花初期の雌性期に明瞭で、この時期のものは花粉放出後の葯に小穂が覆われないため、慣れれば花序を見ることにより区別できます。
鱗片の長さ(乾燥時)についてはフトイが3.0~3.7mm、オオフトイが3.4~4.2mmとなり、オオフトイがやや大きいことが解りました。

Fig.3 オオフトイ(左)とフトイ(右)の雌性期生時の鱗片
オオフトイの鱗片はフトイよりも大きく、上半部は赤紫色を帯びます。

Fig.4 オオフトイ(左)とフトイ(右)の雌性期の花序
オオフトイの花序は赤紫色であるのに対し、フトイは黄緑色に見えます。

Fig.5 オオフトイ(左)とフトイ(右)の雄性期の小穂
開花後半の雄性期に入ると色の差はややわかりにくくなります。

Fig.6 オオフトイ(左)とフトイ(右)の結実期の鱗片
結実期の乾いた鱗片ですが、古い標本であれば退色して色の差はわかりにくくなるでしょう。
葯の長さ
カンガレイの仲間では葯の長さに有意差が見られ、その長さが同定のキーとなる例がありますが、フトイの仲間もカンガレイの仲間も同じフトイ属に分類されています。そこで、フトイとオオフトイとしたものの間に有意差がないか各集団について50個の葯の長さを計測しました。
結果、フトイは長さ1.5~2.3mmの間に収まり、出現頻度10%以上のものは1.6~2.1mmとなりました。
オオフトイでは長さ2.1~3.0mmの間に収まり、出現頻度10%以上のものは2.1~2.8mmとなりました。
両種の間には葯の長さに有意差があると見てもよいでしょう。

Fig.7 オオフトイ(左)とフトイ(右)の葯
痩果
嘴部を含む痩果の長さはフトイが1.8~2.4mm、オオフトイが2.7~3.2mmとなり、ここでも有意差が見られます。痩果の形状は微妙ですが、オオフトイのほうがやや長い倒卵形といっていい形状をしています。
刺針状花被片については数、痩果に対する長さ、共に有意差は見られませんでした。

Fig.8 オオフトイ(左)とフトイ(右)の痩果
オオフトイの痩果のほうが明らかに大きく、長倒卵形気味になっています。
茎の高さと幅
茎の幅は基部から10cm上を計測しました。
フトイの最大高は245cm、最大幅25mm、オオフトイの最大高は280cm、最大幅28mmでしたが、場所によってばらつきが激しく、茎の高さや幅には有意差らしきものはあまりありませんでした。草体の大きさや茎の太さで両種を区別することはできないようです。根茎の太さについても、両種とも生育状態のよいものは幅2cmに達します。
両種ともに通年水の絶えない溜池で抽水状態で生育するものは大型となる傾向がみられます。
とりあえずの「まとめ」
これまで見てきたようなことから、兵庫県内でこれまでフトイとされてきたものはフトイとオオフトイに分けることができるでしょう。特徴をまとめると以下のようになりますが、これはあくまで兵庫県の例なので、他の地域にそのままあてはまるかは検証が必要だと思われます。

フトイとオオフトイは草体の大きさや太さではほとんど区別できません!
関連ページ 湿生~抽水植物・フトイ 湿生~抽水植物・オオフトイ
疑問点と今後の課題
「フトイに見られるいくつかのタイプ」
調査の過程でいくつかの疑問点も生じてきました。
自生地で生体を観察すると、フトイには花序全体が小型で直立するものと、花序全体が大型で茎がしなだれるタイプが見られます。痩果や葯の大きさなど生殖器官では有意差が見られませんが、今後、この2つのタイプが異なった分類群となるのか課題を残しています。
フトイには小穂が2~3個枝先に集まるキタフトイ(f. creber)や、小穂が枝先に単性するナミフトイ(f. luxurianus)、小穂が10~15mmと細長いナガボフトイ(f. australis)が品種として報告されていますが、兵庫県産の2タイプがこのうちのどれかに該当するのかもしれません。

Fig.9 直立タイプのフトイ (兵庫県三田市 2013.6/4)
花序は小さく直立するフトイ。画像は雌性期のものです。

Fig.10 しなだれるタイプのフトイ (兵庫県篠山市 2013.7/1)
花序は大きく茎がしなだれるフトイ。画像は雄性期のものです。
「海浜性小型フトイとイヌフトイ」
塩性湿地には小型で根茎の細いタイプのフトイが生育しています。
今回は兵庫県の家島の塩性湿地のフトイと岡山県備前市の塩性湿地のフトイを調べました。
南西諸島の沖縄本島、石垣島、西表島や大東島には、海浜近くに生育するイヌフトイという小型種があります。
これについてはSM氏が、西表島の汽水域で採集されたイヌフトイらしきものを育成維持しておられ、いくつか花序部分を提供して頂いて調べてみました。
イヌフトイについては刺針状花被片が羽毛状となることが図鑑に記述されていましたが、それ以上の情報がなく実態がよく解りません。頂いたものを調べると刺針状花被片はフトイと比較しても「やや羽毛状」と言えるかどうか、その差は非常に微妙なものでした。

Fig.11 西表島産イヌフトイ(?)の痩果
刺針状花被片がやや羽毛状かどうか、非常に微妙です。
それよりも刺針状花被片の長さが目立ちます。
西表島産、兵庫県産、岡山県産海浜性の小型フトイのデータはそれぞれ以下のとおりでした。
西表島産・・・葯長1.5~2.1mm、痩果長2.0~2.3mm、鱗片長3.4~4mm、茎高や幅、根茎の幅は不明
兵庫県産・・・葯長1.6~2.3mm、痩果長2.0~2.3mm、鱗片長2.5~3.2mm、最長茎148cm、最大茎幅8mm、
最大根茎幅8mm
岡山県産・・・葯長1.4~2.1mm、痩果長2.0~2.4mm、鱗片長3.2~3.6mm、最長茎99cm、最大茎幅7mm、
最大根茎幅10mm

Fig.12 海浜性小型フトイ3種とフトイの痩果
A:岡山県産 B:兵庫県産 C:西表島産イヌフトイ(?) D:フトイ

Fig.13 兵庫県の海浜性小型フトイの群生 (兵庫県姫路市 2013.8/1)

Fig.14 岡山県の海浜性小型フトイ (岡山県備前市 2013.8/8)

Fig.15 兵庫県の海浜性小型フトイの全草標本 (兵庫県姫路市 2013.8/1)
フトイほど茎は高く伸びず、茎の幅も狭い。

Fig.16 海浜性小型フトイの根茎 (兵庫県姫路市 2013.8/1)
フトイの根茎よりも明らかに細く、やや硬い。
これら小型のフトイは塩性湿地に適応した一時的な形質か、固定化された形質なのか、現時点ではデータが少なく、各地の観察例を増やす必要があるでしょう。
一度、南西諸島に生育するイヌフトイの自生地も見てくる必要がありそうです。
今回の調査ではSM氏、NO氏、TS氏、MM氏に自生地の情報提供、サンプル提供で大変お世話になりました。お礼申し上げます。
http://www.pref.kyoto.jp/kankyo_red/index.html
フトイとオオフトイの違いを見極めよう
今年はフトイの仲間をメインに調べました。
兵庫県には小穂が赤紫色のオオフトイと思われるものが何ヶ所かにありました。
図鑑やwebなどによると、柱頭が3岐するものがオオフトイの特徴としてあげられています。
昨年試みにオオフトイと思われる集団の柱頭を調べてみたところ、1つの小穂に柱頭が2岐するものと3岐するものとが混じっていて、どうも図鑑やwebの記述は怪しいと思うようになりました。
そこで今年はフトイとオオフトイの区別点を見極めようと、主に兵庫県南部の18集団のフトイ類調査を多くの方々の協力を得て行ないました。その結果、フトイとオオフトイの区別点は明確になりましたが、いくつかの疑問点も生じてきました。今回はその概略の報告です。

Fig.1 フトイ(左)とオオフトイ(右)
柱頭の分岐数
まず柱頭の分岐数ですが、1小穂のほぼ全てが2岐するものと、1小穂内で2岐するものと3岐するものとに分けられます。1小穂中に1~2個ほど3岐するものもあるが、ほぼ全てが2岐するものはフトイとしました。1小穂内に2岐するものと3岐するものが混じるものは、だいたい全体の1/3~2/3が3岐するものとなっていました。この2つの分岐パターンが混じっているものをオオフトイと仮定しました。

Fig.2 オオフトイの雌蕊
柱頭が2岐するものと3岐するものが混じっています。
フトイの雌蕊はほとんどのものが2岐し、稀に1小穂中に1~2個程度3岐するものが混じることがあります。
鱗片
このフトイとオオフトイとして分けたものの鱗片の色を調べると、オオフトイとしたものは鱗片の上半分中肋両側に赤紫色となる部分が見られます。
フトイとしたものは淡色~褐色となっています。
この特徴の差は生時、特に鱗片が新鮮な開花初期の雌性期に明瞭で、この時期のものは花粉放出後の葯に小穂が覆われないため、慣れれば花序を見ることにより区別できます。
鱗片の長さ(乾燥時)についてはフトイが3.0~3.7mm、オオフトイが3.4~4.2mmとなり、オオフトイがやや大きいことが解りました。

Fig.3 オオフトイ(左)とフトイ(右)の雌性期生時の鱗片
オオフトイの鱗片はフトイよりも大きく、上半部は赤紫色を帯びます。

Fig.4 オオフトイ(左)とフトイ(右)の雌性期の花序
オオフトイの花序は赤紫色であるのに対し、フトイは黄緑色に見えます。

Fig.5 オオフトイ(左)とフトイ(右)の雄性期の小穂
開花後半の雄性期に入ると色の差はややわかりにくくなります。

Fig.6 オオフトイ(左)とフトイ(右)の結実期の鱗片
結実期の乾いた鱗片ですが、古い標本であれば退色して色の差はわかりにくくなるでしょう。
葯の長さ
カンガレイの仲間では葯の長さに有意差が見られ、その長さが同定のキーとなる例がありますが、フトイの仲間もカンガレイの仲間も同じフトイ属に分類されています。そこで、フトイとオオフトイとしたものの間に有意差がないか各集団について50個の葯の長さを計測しました。
結果、フトイは長さ1.5~2.3mmの間に収まり、出現頻度10%以上のものは1.6~2.1mmとなりました。
オオフトイでは長さ2.1~3.0mmの間に収まり、出現頻度10%以上のものは2.1~2.8mmとなりました。
両種の間には葯の長さに有意差があると見てもよいでしょう。

Fig.7 オオフトイ(左)とフトイ(右)の葯
痩果
嘴部を含む痩果の長さはフトイが1.8~2.4mm、オオフトイが2.7~3.2mmとなり、ここでも有意差が見られます。痩果の形状は微妙ですが、オオフトイのほうがやや長い倒卵形といっていい形状をしています。
刺針状花被片については数、痩果に対する長さ、共に有意差は見られませんでした。

Fig.8 オオフトイ(左)とフトイ(右)の痩果
オオフトイの痩果のほうが明らかに大きく、長倒卵形気味になっています。
茎の高さと幅
茎の幅は基部から10cm上を計測しました。
フトイの最大高は245cm、最大幅25mm、オオフトイの最大高は280cm、最大幅28mmでしたが、場所によってばらつきが激しく、茎の高さや幅には有意差らしきものはあまりありませんでした。草体の大きさや茎の太さで両種を区別することはできないようです。根茎の太さについても、両種とも生育状態のよいものは幅2cmに達します。
両種ともに通年水の絶えない溜池で抽水状態で生育するものは大型となる傾向がみられます。
とりあえずの「まとめ」
これまで見てきたようなことから、兵庫県内でこれまでフトイとされてきたものはフトイとオオフトイに分けることができるでしょう。特徴をまとめると以下のようになりますが、これはあくまで兵庫県の例なので、他の地域にそのままあてはまるかは検証が必要だと思われます。

フトイとオオフトイは草体の大きさや太さではほとんど区別できません!
関連ページ 湿生~抽水植物・フトイ 湿生~抽水植物・オオフトイ
疑問点と今後の課題
「フトイに見られるいくつかのタイプ」
調査の過程でいくつかの疑問点も生じてきました。
自生地で生体を観察すると、フトイには花序全体が小型で直立するものと、花序全体が大型で茎がしなだれるタイプが見られます。痩果や葯の大きさなど生殖器官では有意差が見られませんが、今後、この2つのタイプが異なった分類群となるのか課題を残しています。
フトイには小穂が2~3個枝先に集まるキタフトイ(f. creber)や、小穂が枝先に単性するナミフトイ(f. luxurianus)、小穂が10~15mmと細長いナガボフトイ(f. australis)が品種として報告されていますが、兵庫県産の2タイプがこのうちのどれかに該当するのかもしれません。

Fig.9 直立タイプのフトイ (兵庫県三田市 2013.6/4)
花序は小さく直立するフトイ。画像は雌性期のものです。

Fig.10 しなだれるタイプのフトイ (兵庫県篠山市 2013.7/1)
花序は大きく茎がしなだれるフトイ。画像は雄性期のものです。
「海浜性小型フトイとイヌフトイ」
塩性湿地には小型で根茎の細いタイプのフトイが生育しています。
今回は兵庫県の家島の塩性湿地のフトイと岡山県備前市の塩性湿地のフトイを調べました。
南西諸島の沖縄本島、石垣島、西表島や大東島には、海浜近くに生育するイヌフトイという小型種があります。
これについてはSM氏が、西表島の汽水域で採集されたイヌフトイらしきものを育成維持しておられ、いくつか花序部分を提供して頂いて調べてみました。
イヌフトイについては刺針状花被片が羽毛状となることが図鑑に記述されていましたが、それ以上の情報がなく実態がよく解りません。頂いたものを調べると刺針状花被片はフトイと比較しても「やや羽毛状」と言えるかどうか、その差は非常に微妙なものでした。

Fig.11 西表島産イヌフトイ(?)の痩果
刺針状花被片がやや羽毛状かどうか、非常に微妙です。
それよりも刺針状花被片の長さが目立ちます。
西表島産、兵庫県産、岡山県産海浜性の小型フトイのデータはそれぞれ以下のとおりでした。
西表島産・・・葯長1.5~2.1mm、痩果長2.0~2.3mm、鱗片長3.4~4mm、茎高や幅、根茎の幅は不明
兵庫県産・・・葯長1.6~2.3mm、痩果長2.0~2.3mm、鱗片長2.5~3.2mm、最長茎148cm、最大茎幅8mm、
最大根茎幅8mm
岡山県産・・・葯長1.4~2.1mm、痩果長2.0~2.4mm、鱗片長3.2~3.6mm、最長茎99cm、最大茎幅7mm、
最大根茎幅10mm

Fig.12 海浜性小型フトイ3種とフトイの痩果
A:岡山県産 B:兵庫県産 C:西表島産イヌフトイ(?) D:フトイ

Fig.13 兵庫県の海浜性小型フトイの群生 (兵庫県姫路市 2013.8/1)

Fig.14 岡山県の海浜性小型フトイ (岡山県備前市 2013.8/8)

Fig.15 兵庫県の海浜性小型フトイの全草標本 (兵庫県姫路市 2013.8/1)
フトイほど茎は高く伸びず、茎の幅も狭い。

Fig.16 海浜性小型フトイの根茎 (兵庫県姫路市 2013.8/1)
フトイの根茎よりも明らかに細く、やや硬い。
これら小型のフトイは塩性湿地に適応した一時的な形質か、固定化された形質なのか、現時点ではデータが少なく、各地の観察例を増やす必要があるでしょう。
一度、南西諸島に生育するイヌフトイの自生地も見てくる必要がありそうです。
今回の調査ではSM氏、NO氏、TS氏、MM氏に自生地の情報提供、サンプル提供で大変お世話になりました。お礼申し上げます。
category: カヤツリグサ科フトイ属
thread: 博物学・自然・生き物 - janre: 学問・文化・芸術
京都府でハタベカンガレイの生育を確認
2013/03/28 Thu. 20:17 [edit]
以前からカンガレイの仲間には興味があり、web上でこの仲間についての情報を収集していたところ、京都の口丹波の植物や自然について紹介しておられるアタさんのブログ『アタの雑記』の「カンガレイ」の画像のものが、小穂が小さく、顕著な水中葉を形成しており、どうも普通のカンガレイではなくてハタベカンガレイではないかという印象を強く持ちました。ブログ管理者のアタさんに自生箇所をお訊ねして現地を調べたところ、やはりハタベカンガレイでした。環境省の2007年の資料によると、原記載に言及のあった集団は「絶滅」となっていますが、別の集団が山間の溜池にひっそりと生き残っていたわけです。結果的に、この溜池で150~200個体程度のハタベカンガレイの生育を確認することができました。
画像:冬期のハタベカンガレイ、半常緑越冬するハタベカンガレイ、水中の沈水形、
芽生したクローン、新茎を生じたハタベカンガレイ、自生地、冬期のカンガレイ、
夏期のハタベカンガレイ、気中形の芽生、夏期のカンガレイ、
カンガレイのクローン芽生など
* 画像は全てクリックすると拡大できます。

Fig.1 冬期の溜池に生育するハタベカンガレイ
カンガレイは冬期には水中や地上の茎(有花茎、桿)は全て枯れてしまい(Fig.11参照)、地中に越冬芽を形成して越冬します。一方、ハタベカンガレイは茎の水上に出ている部分は枯れますが、水中にある部分は枯れずに緑色を保ち、水中葉を持つ沈水形は水中で常緑越冬します。このため、冬期の溜池でハタベカンガレイに出くわすと、一目でそれとわかります。画像からもその様子が判るかと思います。溜池でハタベカンガレイを見つけるには、冬期に集中して探したほうが有利であることが解ります。国内では湧水河川や湿地内の水路などからの記録が多いですが、山間の腐植栄養質~貧栄養な溜池にひっそりと命脈を保っているかもしれません。

Fig.2 半常緑越冬するハタベカンガレイ
岸辺近くに生育している大型の個体ですが、茎の水没部分や倒伏しているものは緑色を保っています。気温が低下して溜池の水面が氷結しても、茎の水没部は枯れてしまうということがありません。溜池に生育するハタベカンガレイは半常緑越冬すると考えられます。

Fig.3 冬期ハタベカンガレイの水中画像
ハタベカンガレイの茎はカンガレイと比べて細くて柔らかく、簡単に折れ曲がったりたわんだりします。たわんだ茎は冬期でも枯れていません。数本の茎が小穂をつけているのが見えますが、これらは全て不稔で痩果はありませんでした。おそらく冬間近になって出た小穂でしょう。

Fig.4 群生する沈水形のハタベカンガレイ
この溜池では遠浅な部分が比較的多く広がっており、そのような水深の浅い場所では若い水中葉の個体がおびただしく生育しているのが見られました。水中葉ばかりの沈水形は常緑越冬するので、冬の溜池ではよく目立ちます。岸からすり鉢状にすぐに深くなるような溜池では、これほど多くの若い沈水形の個体を見ることはありません。

Fig.5 沈水形の水中画像
水中葉は幅約4mm、硬い紙質~やや革質、長いものでは80cm近くに達し、上部で次第に狭くなって鈍頭~やや鋭頭、全縁、一層の気質が並び、中肋はなく、葉脈は細長い格子状。基部の葉縁には幅1mm前後の葉耳があります。

Fig.6 深い場所に生育する成熟個体
水深が60cmを超えて深くなると、成熟個体もほとんど水没して、苞葉の基部から多数の水中葉を持ったクローン株を形成します。画像では各茎の先近くに細い水中葉が広がっているのが見られます。ハタベカンガレイの生育する溜池では冬期になると、このような光景が広がります。兵庫県内の数ヶ所の溜池で実測調査したところ、ハタベカンガレイの成熟個体は水深150cmまで生育できることがわかりました。

Fig.7 クローンを芽生した茎
こういった溜池の自生地では冬期に水際に打ち寄せられた、このような茎が見られます。このクローン株は泥に挿しておくと発根して容易に栽培することができます。水槽内でもしばらくは沈水形のまま生育しますが、育成環境がよいと、1年後には茎を生じてきます。

Fig.8 新茎を生じた個体
ハタベカンガレイはどうも季節に関係なく新茎を上げているように感じられます。これまで晩秋の11月になっても、またこのように早い時期でも新茎を上げているのを観察しています。これは、ハタベカンガレイの生育環境にも関係していると考えられます。ハタベカンガレイは国内では湧水河川や湿地内の水路で生育が確認されている例が多く、このような場所では湧水によって、水温が比較的一定していることが予想されます。一方、ハタベカンガレイが生育する溜池は決まって山際や谷の奥にあって護岸されていない場所で、湧水の影響によるものでしょうか、冬期でも水中の温度が4℃以下に下がることはありません。ハタベカンガレイは水温変化の少ない湧水環境と強く結びつくことによって、茎を枯死させて越冬芽を形成する必要がなかったのかもしれません。そのため、溜池で生育していても枯れることなく半常緑越冬していることが予想されます。また、顕著な水中葉を形成するのは、明らかに水流のある湧水河川に対して適応したためでしょう。

Fig.9 溜池での植生
植生といってもまだ春先なので、水中で確認できたものは移入されたコカナダモ、ミズユキノシタ、ハリイsp.くらいしか確認できませんでした。また、池の中央近くでは冬枯れしたミクリsp.の小さな塊りが見られました。

Fig.10 自生地の遠景
ハタベカンガレイは溜池に450㎡程度の群落を形成していました。画像左上の木陰の端の水面に見える冬枯れた草本はミクリsp.です。溜池畔はシカの食害がかなり進んでおり、ハイチゴザサ(京都府準絶滅危惧種)と少数のヒメアギスミレが見られる程度でした。しかし、ハタベカンガレイが生育する地域には希少な湿生・水生植物が生育していることが多く、兵庫県のハタベカンガレイの生育する溜池ではサイコクヒメコウホネ、ヒツジグサ、イトモ、フサモ、イヌタヌキモ、ヒメタヌキモ、ヤナギスブタなどの生育を確認しています。今回はこの溜池とは別の、湿地の付随した小さな溜池で、若いミズニラを確認することができました。初夏から夏にかけて再訪すると何か新たな発見があるかもしれません。また、近隣の溜池にもハタベカンガレイが生育していなか調べる必要があるでしょう。

Fig.11 冬期のカンガレイ
参考画像。冬期のカンガレイは地上部は全て枯死し、地中に越冬芽を形成して越冬します。

Fig.12 夏期のハタベカンガレイ
7月中旬の抽水状態の成熟個体ですが、すでにクローンを芽生しています。

Fig.13 気中で芽生するハタベカンガレイ
ハタベカンガレイは水中では水中葉の、気中では気中茎のクローンを苞葉基部から芽生します。

Fig.14 夏期のカンガレイ
カンガレイはハタベカンガレイよりも硬くしっかりとした茎を持ち、ふつう倒伏する茎はあまりありません。また、小穂も細長く、より大きな披針形をしています。

Fig.15 倒伏した茎からクローンを芽生したカンガレイ
カンガレイがハタベカンガレイのようにクローンを芽生するのはごく稀で、これまで4例しか観察していません。画像のように芽生箇所が水没しても水中葉となることはなく、水上に向かって気中茎を上げます。水面にジュンサイやヒツジグサなどの広葉な浮葉が遮っていても、それを突き破って水面上に現れていました。しかし、カンガレイの芽生についてはまだものが言えるほどのデータが取れていないので、さらに観察事例を増やす必要があります。
関連ページ
西宮の湿生・水生植物 ハタベカンガレイ
西宮の湿生・水生植物 カンガレイ
参考文献
前田哲弥・佐藤千芳・内野明徳 2004. ハタベカンガレイの変異とそれに近縁なヒメカンガレイおよびカンガレイとの形態比較. 植物研究雑誌 79(1):29~42.
松岡成久 2010. 兵庫県産カヤツリグサ科フトイ属カンガレイ類の形態的特徴と分布. 兵庫の植物 20:1~14. 兵庫県植物誌研究会.
画像:冬期のハタベカンガレイ、半常緑越冬するハタベカンガレイ、水中の沈水形、
芽生したクローン、新茎を生じたハタベカンガレイ、自生地、冬期のカンガレイ、
夏期のハタベカンガレイ、気中形の芽生、夏期のカンガレイ、
カンガレイのクローン芽生など
* 画像は全てクリックすると拡大できます。

Fig.1 冬期の溜池に生育するハタベカンガレイ
カンガレイは冬期には水中や地上の茎(有花茎、桿)は全て枯れてしまい(Fig.11参照)、地中に越冬芽を形成して越冬します。一方、ハタベカンガレイは茎の水上に出ている部分は枯れますが、水中にある部分は枯れずに緑色を保ち、水中葉を持つ沈水形は水中で常緑越冬します。このため、冬期の溜池でハタベカンガレイに出くわすと、一目でそれとわかります。画像からもその様子が判るかと思います。溜池でハタベカンガレイを見つけるには、冬期に集中して探したほうが有利であることが解ります。国内では湧水河川や湿地内の水路などからの記録が多いですが、山間の腐植栄養質~貧栄養な溜池にひっそりと命脈を保っているかもしれません。

Fig.2 半常緑越冬するハタベカンガレイ
岸辺近くに生育している大型の個体ですが、茎の水没部分や倒伏しているものは緑色を保っています。気温が低下して溜池の水面が氷結しても、茎の水没部は枯れてしまうということがありません。溜池に生育するハタベカンガレイは半常緑越冬すると考えられます。

Fig.3 冬期ハタベカンガレイの水中画像
ハタベカンガレイの茎はカンガレイと比べて細くて柔らかく、簡単に折れ曲がったりたわんだりします。たわんだ茎は冬期でも枯れていません。数本の茎が小穂をつけているのが見えますが、これらは全て不稔で痩果はありませんでした。おそらく冬間近になって出た小穂でしょう。

Fig.4 群生する沈水形のハタベカンガレイ
この溜池では遠浅な部分が比較的多く広がっており、そのような水深の浅い場所では若い水中葉の個体がおびただしく生育しているのが見られました。水中葉ばかりの沈水形は常緑越冬するので、冬の溜池ではよく目立ちます。岸からすり鉢状にすぐに深くなるような溜池では、これほど多くの若い沈水形の個体を見ることはありません。

Fig.5 沈水形の水中画像
水中葉は幅約4mm、硬い紙質~やや革質、長いものでは80cm近くに達し、上部で次第に狭くなって鈍頭~やや鋭頭、全縁、一層の気質が並び、中肋はなく、葉脈は細長い格子状。基部の葉縁には幅1mm前後の葉耳があります。

Fig.6 深い場所に生育する成熟個体
水深が60cmを超えて深くなると、成熟個体もほとんど水没して、苞葉の基部から多数の水中葉を持ったクローン株を形成します。画像では各茎の先近くに細い水中葉が広がっているのが見られます。ハタベカンガレイの生育する溜池では冬期になると、このような光景が広がります。兵庫県内の数ヶ所の溜池で実測調査したところ、ハタベカンガレイの成熟個体は水深150cmまで生育できることがわかりました。

Fig.7 クローンを芽生した茎
こういった溜池の自生地では冬期に水際に打ち寄せられた、このような茎が見られます。このクローン株は泥に挿しておくと発根して容易に栽培することができます。水槽内でもしばらくは沈水形のまま生育しますが、育成環境がよいと、1年後には茎を生じてきます。

Fig.8 新茎を生じた個体
ハタベカンガレイはどうも季節に関係なく新茎を上げているように感じられます。これまで晩秋の11月になっても、またこのように早い時期でも新茎を上げているのを観察しています。これは、ハタベカンガレイの生育環境にも関係していると考えられます。ハタベカンガレイは国内では湧水河川や湿地内の水路で生育が確認されている例が多く、このような場所では湧水によって、水温が比較的一定していることが予想されます。一方、ハタベカンガレイが生育する溜池は決まって山際や谷の奥にあって護岸されていない場所で、湧水の影響によるものでしょうか、冬期でも水中の温度が4℃以下に下がることはありません。ハタベカンガレイは水温変化の少ない湧水環境と強く結びつくことによって、茎を枯死させて越冬芽を形成する必要がなかったのかもしれません。そのため、溜池で生育していても枯れることなく半常緑越冬していることが予想されます。また、顕著な水中葉を形成するのは、明らかに水流のある湧水河川に対して適応したためでしょう。

Fig.9 溜池での植生
植生といってもまだ春先なので、水中で確認できたものは移入されたコカナダモ、ミズユキノシタ、ハリイsp.くらいしか確認できませんでした。また、池の中央近くでは冬枯れしたミクリsp.の小さな塊りが見られました。

Fig.10 自生地の遠景
ハタベカンガレイは溜池に450㎡程度の群落を形成していました。画像左上の木陰の端の水面に見える冬枯れた草本はミクリsp.です。溜池畔はシカの食害がかなり進んでおり、ハイチゴザサ(京都府準絶滅危惧種)と少数のヒメアギスミレが見られる程度でした。しかし、ハタベカンガレイが生育する地域には希少な湿生・水生植物が生育していることが多く、兵庫県のハタベカンガレイの生育する溜池ではサイコクヒメコウホネ、ヒツジグサ、イトモ、フサモ、イヌタヌキモ、ヒメタヌキモ、ヤナギスブタなどの生育を確認しています。今回はこの溜池とは別の、湿地の付随した小さな溜池で、若いミズニラを確認することができました。初夏から夏にかけて再訪すると何か新たな発見があるかもしれません。また、近隣の溜池にもハタベカンガレイが生育していなか調べる必要があるでしょう。

Fig.11 冬期のカンガレイ
参考画像。冬期のカンガレイは地上部は全て枯死し、地中に越冬芽を形成して越冬します。

Fig.12 夏期のハタベカンガレイ
7月中旬の抽水状態の成熟個体ですが、すでにクローンを芽生しています。

Fig.13 気中で芽生するハタベカンガレイ
ハタベカンガレイは水中では水中葉の、気中では気中茎のクローンを苞葉基部から芽生します。

Fig.14 夏期のカンガレイ
カンガレイはハタベカンガレイよりも硬くしっかりとした茎を持ち、ふつう倒伏する茎はあまりありません。また、小穂も細長く、より大きな披針形をしています。

Fig.15 倒伏した茎からクローンを芽生したカンガレイ
カンガレイがハタベカンガレイのようにクローンを芽生するのはごく稀で、これまで4例しか観察していません。画像のように芽生箇所が水没しても水中葉となることはなく、水上に向かって気中茎を上げます。水面にジュンサイやヒツジグサなどの広葉な浮葉が遮っていても、それを突き破って水面上に現れていました。しかし、カンガレイの芽生についてはまだものが言えるほどのデータが取れていないので、さらに観察事例を増やす必要があります。
関連ページ
西宮の湿生・水生植物 ハタベカンガレイ
西宮の湿生・水生植物 カンガレイ
参考文献
前田哲弥・佐藤千芳・内野明徳 2004. ハタベカンガレイの変異とそれに近縁なヒメカンガレイおよびカンガレイとの形態比較. 植物研究雑誌 79(1):29~42.
松岡成久 2010. 兵庫県産カヤツリグサ科フトイ属カンガレイ類の形態的特徴と分布. 兵庫の植物 20:1~14. 兵庫県植物誌研究会.
category: カヤツリグサ科フトイ属
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